レース鳩の遺伝子型検査(DNA検査)について
(有)米田遺伝子型研究所 農学博士 米田一裕
ヒトをはじめ、生物種の設計図であるDNA配列が明らかになってきている。ハトの分野も例外ではなく、次々とハトの遺伝子のDNA配列が解析されつつある。しかし、レース鳩においては、DNA情報を利用した試みはなされていないのが現状である。そこで、実際にレース鳩のDNAを検査して優秀な鳩作りに利用できるか?ということで鳩作りへのDNA検査の有用性について述べると共に、今後さらに進めていくにはどのようにするべきかを述べてみたい。
鳩作りを考える上で、わが国のレース鳩は、ヨーロッパのレース鳩とレースの内容に違いがあり、それに伴う選抜方法に違いがでてくることが挙げられる。ヨーロッパの場合、その距離専門に選抜育種されてきた鳩が居り、遺伝的にも固定されている。よって、距離ごとに特異な体型が出来ているため、スピード重視の選抜で対応が可能となる。一方、日本の場合、短距離から長距離まですべてのコースを飛ぶ鳩が優秀な選手鳩となり、いろいろな距離、天候の状況に対応できる遺伝子を持った個体が必要である。よって、短距離はスピードを上げるための遺伝子を選抜し、長距離には、スピードはもとより、持久力や環境適応能力等、多くの能力が必要となるため、選抜育種が難しく、次世代へ全ての能力を伝えることは困難である。レース鳩が帰還するための能力である持久力、適応能力は、多数の遺伝子が環境要因に左右されて現われてくるものであり、その時々により遺伝子の働きが異なると考えられる。そこで、より早く帰還するための能力を持つ鳩を選び出すための指標作りからはじめるため、個体毎のDNA型を調べた。
DNA型を調べるための標識(これをマーカーという)を用いて、鳩の染色体上の12ヶ所について日本在来の系統である勢山系と今西系、さらに、勢山系と今西系を系源とする鳩を基礎とするVIP系の鳩のDNAを調べた。各マーカーは、両親から受け継いだDNA型(アルファベット)を示し、それぞれ両親からひとつずつDNA型が遺伝しているので、各マーカーのDNA型は二つになる。この二つの型が異なる場合はヘテロを示しており、同じ型の場合、ホモ接合となる。二つの個体間で12ヶ所の型がまったく同じ様式を示すことは、一卵性の双子またはクローン以外はありえないことから、両親とその子供のDNA型を使って個体識別や親子判定が可能となった。
次に、各系統のDNA型について調査した。用いた鳩は、海外のものとしてオランダで生産されたもので主にアールデンの血を引くもの、ベルギーで生産されたものでステッケルボードの血を引くもの、国内のものとして勢山系、飯塚鳩舎の山下勢山と谷岡鳩舎の253の重近親である細川勢山、山本鳩舎の今西系そしてVIP系である。各個体のDNA型から見られる特徴を系統ごとに出現するDNA型とヘテロ率(個体の持つDNA型がヘテロになっている割合)について調査した結果、マーカーごとに各系統のヘテロ率は、細川勢山を除いて0.6以上を示したことから、多くの能力が存在している可能性が示唆された。また、DNA型も細川勢山を除く他の系統はレースを実際に行い、レース鳩として選抜育種されてきたことや異血交配として導入されてきたDNA型を含むことが示された。一方、細川勢山は、レースを行わず、その系統が本来持っている体型や羽色のみで選抜されてきたことから系統としては非常に固定化が進んでいると思われた。また、海外のもと在来系統との違いや選抜目標の違いから固定されてきたDNA型の存在も確認された。このように、マーカーによっては、系統間でDNA型に違いが認められるものもあった。すなわち、それぞれの系統が持つ何らかの特徴とDNA型は関係している可能性があると考えられる。
そこで、VIP系を用いて家系図やレース結果とDNA型の関係を調査してみたところ、レースの結果より各個体のDNA型のヘテロ率は0.7くらいが理想的であることがわかった。また、家系図より共通祖先から受け継いだと考えられるDNA型も認められた。よって、個体識別に用いたマーカーは記録に基づく能力の指標にもなりうる可能性が考えられる。
以上のように、レース鳩にDNA型検査を用いることで個体識別による血統の確認が可能であり、また、過去の記録に基づく能力とDNA型の関係を推定した選抜が可能であることが示唆された。
そこで、具体的にDNA型を用いてどのようなことに利用すればよいか?述べてみたい。親子判定は、各鳩舎で両親の組み合わせに不安がある時の子供が生まれた時や予想と違う子供ができた時にDNA型を調べることで有効であることがわかる。つぎに、各鳩舎にいる基礎鳩となる個体のDNA型を調べ、基準となる型を見つける。すなわち、種鳩でも”子出しのいいもの”といった実績のあるものを複数個体でDNA型を調べ、あるマーカーの基準となる型を見つけることで、今後その型を持つものを種鳩として選ぶことができるようになる。また、レースはもとより、系統の維持に心血を注ぐ鳩舎でも、系統の原型に近いもののDNA型を知ることで、外見の特徴だけでなく、系統の遺伝子そのものを維持することに用いる方法として利用できる。
今後、目的の形質あるいは能力に関連したDNAマーカーや遺伝子そのものを見つけるためには、血統情報と個体の観察記録が重要な手がかりになり、さらにこのシステムを利用した総合的な指導体制が望まれる。